鉄道全般

主にJRや私鉄など(首都圏が主。)

2017年5月 9日 (火)

京急の「黄色奴」、装い新たに再登場!?

京急1057編成「黄色奴KEIKYU YELLOW HAPPY TRAIN」。

3年前に登場し、時期的(検査周期的な意味で)にもう運用終了かと思いきや、全検から上がり再び黄色いボディで帰ってきました。

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△検査から上がりピッカピカの状態となった京急1057編成(大森海岸→平和島)。
こうやって見ると久里工入場前の黄色奴と大差ないが…
(上りの千葉NT9201編成空気嫁というのは無しの方向で。)

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△1057編成全容。
引き続き黄色い塗装を纏ってはいるが…何かがおかしい。

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△1064。入場前まであったドアの銀色はすべて無くなっており、名実とも本当に末期色真っ黄色となった。
なお、最近の京急車(800形と2000形を除く)に追加設置されているSRアンテナは取り付けられていない。

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△参考までに、入場前の黄色奴(京急ファインテック※一昨年の公開時に撮影)。
とある西武の黄色い電車よろしく、ドアに銀色が入っていた。それもあってか、実際にコラボ展開もあったり。

幸せの黄色い電車」、京急1057編成。
黄色分を更に増して、京急や都営浅草線をはじめとする1号線系統で運行中です。

※京急1057編成の運用は、京急HPで確認ができます。
(当日と翌日分。但し翌日分は前日14時頃以降配信。なお5月28日は「京急ファミリー鉄道フェスタ」で展示される可能性もあるので、運用がない場合もあります。)



「TRAIN SUITE 四季島」営業開始!

5月1日から営業開始となった、JR東のクルーズトレイン

「TRAIN SUITE 四季島」

既に来年3月までの乗車券すべてが完売しているそうで、人気の高いクルーズトレインとして有名です。
(但し、料金は本当に高いです…ええ。)

営業開始となった5月1日からは、3泊4日で日光や北海道(函館・登別)、東北・中越地方を巡るルート。4日に上野へ戻り、1日開けて6日~7日は信州と会津若松、喜多方を回るルートでの運行でした。
(秋まで当面このパターン。なお別ルートの設定もあり。)

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△その一番列車(尾久)。
上野駅を11:41に発車後、宇都宮線、日光線を通りまずは日光へ。

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△通過に際し、尾久車セでは職員が四季島の見送りのため待ちかまえていた。



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△飛んで1泊コース2日目(5月7日)。
有名撮影地「ヒガハス」を通る(蓮田→東大宮)。
沿道では部活帰りか学生が四季島を見送る姿が。

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△ヒガハスを往く「四季島」。沿線では丁度田植えのシーズンを迎えている。
四季島がヒガハスを通るのは3泊コースでは初日(下り)、1泊コースでは2日目(上り)のみだ。

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△E001-1。四季島の見せ場の一つである展望車だ。
試運転時のような目隠しもなく、車内の様子もうかがえる。なお展望車にはそれぞれ愛称があり、1号車は「いぶき」、10号車は「きざし」と名付けられている。

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乗降は基本的に5号車から行うようで、その他(2~4、6、8~9号車)からはよほどな事がない限り乗降はしないようだ。
ちなみに5号車のラウンジは「こもれび」、6号車(写真から見て右奥)のダイニングには「しきしま」という愛称を持っている。

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来月にはJR西のクルーズトレイン「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」も営業開始し、JR東西、そして九州のクルーズトレインが揃うこととなります。
いつの日かこれら3列車(四季島、瑞風、ななつ星)がタッグを組んで、日本一周クルーズトレインの旅とかしそうな予感がしますが、果たしてどうでしょう…

※「四季島」についてはこちらをご参照下さい。
なお、前述の通りチケットは2018年3月運行分まですべて受付終了(=完売)となっております。ご了承下さい。

【おまけ】ヒガハスで何枚か。
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△ヒガハスを往くE233系。
回送列車ではあるが5両編成で一路大宮方面を往く。風景からかローカル列車のようにも見て取れる。

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△東武100系「スペーシア」。詳細こそ不明だが臨時便だそうな。

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△宇都宮線(東北本線)は貨物列車も通る。
例えば、EH500とコンテナ満載のコキ100系が通れば…

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△ほとんど空コキ(最後尾だけコンテナ2個)ということもあったり。


2017年4月15日 (土)

209系ナハ53改め…

マリJ1となりました。

(但し、現時点では編成番号が変わっただけで、特段手は加えられていないが。)

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△4月12日に中原電車区からやって来た209系ナハ53(幕張車セ※幕張本郷駅から撮影)。
幕張着後にすぐ編成札(シール→札)への交換がなされ、新編成番号「マリJ1」が付与された。

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△緩行のE231系と。
かつて秋葉原でクロスしてた者同士でもある。


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△クハ209-2202正面。
車両の加工自体は全然だが、現状は新たな編成番号「J1」が付与されただけ。
マリJ1は今冬デビュー予定のサイクルトレイン(自転車との旅をコンセプトにした専用列車)として転用の予定ですが、今後改造工事のため工場入りするものと思われます。
(だったらマリ直送じゃなくそのまま工場入りしてやれよというツッコミは無しの方向で。)

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△車両自体は他の房総地区209系同様スカート交換や電連設置、2号車へのトイレ設置と共に、専用のラッピングの実施やサイクルラック設置など、サイクルトレインらしい改造工事が施されると思われる(写真は同じマリ車。本千葉→蘇我)。

※209系マリJ1は今後改造工事のため工場入りと思われますが、入場時期などJR東日本千葉支社等現業企業への問い合わせはご遠慮下さい。

【おまけ】

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△絶賛塗色変更中の新京成。
古豪8000形へも例外なく塗装変更がなされ、このほど8518編成が新色へと生まれ変わった(京成津田沼→京成幕張本郷)。
「タヌキ」の愛称がある(らしい)8000形。塗色変更で「桃狸」となった(…否ピンクパンダ?)

2017年4月12日 (水)

209系ナハ53、幕張へ転属?

今年入ってすぐに運用を離脱し、茅ヶ崎へ疎開された209系ナハ53。

4月10日に茅ヶ崎から中原電車区に戻り、翌々日の今日、4月12日に中原電車区を出庫。一路幕張車セへ向けて回送されました。

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△茅ヶ崎での放置プレイ疎開を経て戻ってきた209系ナハ53(中原電車区※以下、中原区撮影分は敷地外から撮影)。
主力形式であるE233系に囲まれ、最後のひとときを過ごす。

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△E233系と共に。
運番は「91M」、行き先「回送」を表示させて発車の刻を待つ。

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△クハ208-2202。車内広告はすべて外されており、ドアステッカーのみが残る。

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△完全にE233系化されて間もなく1ヶ月になろうとしている南武線。
今年は川崎~登戸間開業90周年の節目であるが、特段引退にちなんだイベントも行われることなく、中原電車区を去る形となってしまった。

暫くしてナハ53は中原電車区を出庫。
武蔵中原3番線に入線しました。

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△浦和電車区(当時。現さいたま車セ)に次いで、第2のホームグラウンドだった中原電車区を後にし、武蔵中原3番に入線するナハ53。

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△入線し、発車を待つナハ53。
こうやって見ると、この後4番線に入線する車両との交換とも見まごう光景であるが、回送電車として発車待ちする様子である。

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△下り列車1本待ち(左)、10時28分発車。

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△武蔵中原を発ち、最後の南武線を往くナハ53。

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△途中、武蔵溝ノ口で各停と快速1本ずつ待避する形に。
南武線で、駅ナンバリングが唯一採用されている武蔵溝ノ口。
209系と南武線駅ナンバリングの絡みはこの駅だけになってしまった。

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△最後の南武線を通るナハ53(南多摩)。

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△立川からは一旦豊田へ向かい、折返し中央線を東に針路を取る(西国分寺)。

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△中野で特快と特急、快速数本やり過ごす。

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△このあと新宿7番に入線し、同じく快速数本やり過ごした。

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△発車を待つナハ53(新宿)。
こうして見ると、通常とは異なるルートで東京総合車セへ入場するようにも思う光景だが、実は違う。

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△E233系快速青梅特快車内から。

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△御茶ノ水から総武緩行に転線し、秋葉原方面へ。

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△神田川を経て、松住町架動橋を渡るナハ53。
このあと秋葉原駅へと入線、途中総武快速へ転線し津田沼、幕張車セへと向かった。

【何で幕張車セ?】
廃車を前に疎開留置であれば、また茅ヶ崎だの国府津だのと云うのが通例ですが、今回は幕張車セへの転属回送となったナハ53。
丁度今回の回送が運転されたタイミングで、JR東日本千葉支社から1件プレスリリースが発表され、今冬から運転予定の「房総地区での自転車の旅をコンセプトにした専用列車」が、今回のナハ53になりそうです。
Twitter見たままですが、ナハ53は幕張車セ着後に編成番号「マリJ1」が付与されており、今後それに適用した改造工事を別途工場(まさか幕張車セでやっちゃう…わけないよね?)で行われるものと思われます。

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△マリ転属を確定させるであろう代物(新宿停車中に車外から撮影)。
中原区で使用していた209系関係の保守品や書類がこの段ボール箱に収められている。
そこにはハッキリと「幕張車両センター 御中」と書かれてあり、ナハ53は廃車ではなく転属であることを意味している。

房総地区向けサイクルトレインとして生まれ変わる予定の209系ナハ53改めマリJ1。
果たしてどんな出で立ちとなって現れますやら…

※209系マリJ1の今後について、JR東日本千葉支社等現業企業への問い合わせはご遠慮下さい。


【おまけ】
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△桜を横に往く丸ノ内線02系(御茶ノ水→淡路町※御茶ノ水4番から撮影)。
やがて02系の後継車が登場となるが、この光景もあと数年は見られるであろう。

2017年3月22日 (水)

北総鉄道9800形登場!

北総鉄道(千葉ニュータウン鉄道。以下例外無い限り千葉NT鉄道とする)の9000形が3月20日に引退し、翌21日から代替でこの車両が登場しました。

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△昨日から9018編成の後継として営業運転を開始したこの車両(蒲田要塞京急蒲田→糀谷)。

明らかに元は京成3700形ではあるが…

この車両、形式は
9800形(9808編成)と言います。

元は形状通り京成3700形で、リースという形で京成電鉄から車両を借りています。
なお、形式的には9300形になってもおかしくありませんが、北総鉄道公式で「9800形と名乗っています(ソースは9018編成引退時の北総鉄道Twitterによるツイート)

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△元は京成3700形3738編成である(大森町→梅屋敷。1月31日撮影)。
宗吾工で帯の交換、社章を交換するなどをして千葉NT仕様となった。


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△カラーリングは同じ千葉NTに属する9200形(左)や9100形(右)に準じ、ライトブルーにイエローの帯に交換されている。

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△千葉NTの車両ではあるが、3738編成時代に「Keisei」と書かれた部分は「北総鉄道」のプレートと交換されている。京成グループなのでグループロゴはそのまんまだ。
千葉NT鉄道の車両は北総鉄道で管理している。

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△9801方から(糀谷。2番線の1601編成空気嫁というのは無しの方向で)。
京成時代から走り続けてきたこの編成。帯色が変わるだけでガラリとその表情は変わる。
北総・千葉NTの車輌は、快特として運転されるとき、種別表示は「快特」となるので、ROMも変更されている(京成車は「快速特急」)。

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△折返し千葉ニュータウンは印旛日本医大へ向かう9808編成(梅屋敷)。
9800形は他の北総車や千葉NT車同様、都営浅草線・京成線を軸に、西馬込・羽田国内~印旛日本医大間で使用される。

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【元3700形あれこれ】
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△これからお話しするのは、かつて京成3700形だった車両の現況である。
合計132両製造された京成3700形。
8両編成15本、6両編成2本製造されましたが、そのうち8両編成3本が北総鉄道(と、今回のケースである千葉NT鉄道)へリースされました。

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△大雑把にまとめたのがこちらの表である。
基本的な流れは、京成で3000形(8連)が増備され、余剰になった3700形がリースという形で北総鉄道や千葉NT鉄道へ流れ、引き替えに老朽化した車両を置き換えたり、京成へリースバックした後廃車という流れだ。
(クリックすると1200サイズでポップアップします※PCのみ)



①3808編成(現:北総鉄道7808編成)
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△京成の借り物から北総へリースされた第一号が、2003年に投入された7808編成(元3808編成)である。
かつて京成から北総へリースされた3150形3162編成+3166編成(北総形式:7050形7094編成+7054編成)の老朽化に伴い、同編成はリースバック(→廃車)された。京成側では代替で3000形3001編成が投入されている(※注1)。


②3748編成(現:北総鉄道7818編成)
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△リース第2陣である7818編成(写真左)。こちらは7268編成(右)を置き換えるために2015年に投入された。
元は3748編成で、京成側では代替として3029編成が投入され、リースバックされた7268編成(=京成3308編成+3316編成)共々、3300形は全廃となった。

③3738編成(現:千葉NT鉄道9808編成)
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△そして今回。千葉NT最古参の9018編成(写真右)を置き換えるため、3738編成がリースされ9808編成(写真左)となった(※注2)。
代替として、京成では3035編成が投入された(他3033編成と、6両編成の3034編成が投入されているが、前者は3600形3618編成と、後者は3500形の非更新車を置き換えたと共に、3600形で唯一のVVVF車である3668編成の中間サハも廃車となり、同編成は4両編成となった。なお、今回初めて3600形で廃車が発生している)。

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千葉NT鉄道の新たなラインナップ「9800形」。
他の千葉NT車や北総車、乗り入れ先の京成や都営浅草線、京急車と共に千葉ニュータウンや羽田空港へのアクセスに従事していくことでしょう。

※千葉NT鉄道9800形の運用について、北総鉄道や京成電鉄をはじめとする1号線系統各社局への問い合わせはご遠慮下さい。
【おまけ】
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△1000形8両(4V+4V)の士急行。
先頭は「歌う電車」こと1413編成だが…

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△最後尾は1401編成。今は歌わなくなってしまった、俗に言う「東芝奴(=東芝IGBT換装車)」だ。
一時期東芝奴同士(1401編成と1405編成)で組むことが多かったが、今はシーメンス(GTO、IGBT)編成と組むことも。

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※注1:7050形で最後まで残っていたのは7088編成+7084編成。
こちらは2004年に、3200形のリース車(7258編成)と置き換え、京成へリースバックの後廃車となった。

※注2:9000形は2編成(9008編成と9018編成)居たが、このうち9008編成は2013年に9200形(※新造車)と置き換えられ廃車となっている。


2017年3月21日 (火)

北総9000形、営業運転終了。

北総鉄道9000形の営業運転が3月17日に終了し、それから3日経った3月20日、ラストランとして北総線内で最後の運転が行われました。

(事前予約販売での購入者のみ乗車(チケットは完売)。印旛車両基地→印西牧の原~八広~印旛日本医大折返し、印西牧の原までの区間。これを2往復(二部構成)。)

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△ラストランは午前と午後、2往復行われた(写真は午前の部復路。松飛台で撮影)。
9018編成の前後には「ありがとう9000形(写真左:9011方)」「さよなら9000形(同右:9018方)」と書かれたヘッドマークが掲出された。

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△午後の部往路(大町→松飛台)。
京成や京急、都営浅草線内は二度と行くことはないが、最後は八広まで、通い慣れた道を力強く走っていった。

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△9011(左)と9018(右)側面前側ドア横(運転台方)には、かつての住宅・都市整備公団のロゴマークが付けられた。
(実際の取り付け位置とは異なるが、細かいツッコミは無しの方向で。)
このロゴマークは1999年にUDC(都市基盤再生機構)のものに交換され(前面は撤去)、2004年には今の北総鉄道の社名と京成グループのロゴが付けられ現在に至る。

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△午後の部復路、本当のラストランは新鎌ヶ谷で。
午前・午後とも沿線や駅では多くのファンが9018編成最後の勇姿を見届けた。

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△そして9018編成は新鎌ヶ谷を通過。
一路印旛日本医大をめざし、着後折返し線に入り、印西牧の原まで向かい、全運用は終了した。

北総9018編成はこれにて運用を終え、後日廃車→解体となる見込みです。
代替は京成からの借り物3700形3738編成をリースし、新形式「9800形(※9300形かと思ったらこれが正式らしい。北総鉄道Twitterより)」9808編成となり、3月21日から営業開始の予定です。

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△北総9018編成の代替が、この京成3738編成である(大森町→梅屋敷。1月31日撮影)。

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△これが9200形(写真左)と同じ千葉NT色(勝手に命名)を纏い、3月21日から北総線~京成線~都営浅草線~京急線羽田国内まで走る事となる。
(写真右※イメージ(やっつけ改造マジサーセン)。種別は快速特急となっているが、これは他の北総車に合わせて快特に変わると思われる)。

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1983年に落成し、翌84年の住都公団千葉ニュータウン線開業に合わせ、当初は「2000形」として投入された9000形。
1991年の北総線京成高砂までの延伸にあわせ、都心や羽田方面への乗り入れも始まり、以来形式の変更や社名の変更、京急線適応改造など幾多の時をのりこえて現在まで走ってきた9018編成。
およそ33年間、長きにわたりお疲れ様でした。

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△(以上4枚)最終営業は3月17日。北総線のみならず京急線や都営浅草線など、9000形が必ず通ってきた道を一通りこなす運用を終え、ラストは西馬込発、印旛日本医大行特急を以て営業運転を終えている。
(泉岳寺にて3月17日撮影)

【余談】
今回の9018編成引退により、北総鉄道(千葉ニュータウン鉄道)の車両は
100%VVVF車統一(自社車両のみ。乗り入れる車両(京成)でチョッパ制御車が残存。)
100%ワンハンドルマスコン車統一(同じく自社車両のみ。乗り入れ先の京急では京成3500形が乗り入れなくなっているので、100%ワンハンドルマスコン車統一)。
…となります。

※北総鉄道9000形の今後の去就、及び9808編成の運用について、北総鉄道など現業企業への問い合わせはご遠慮下さい。
なお、今回は千葉ニュータウン鉄道(北総鉄道)自社の車両であるため、宗吾まで廃車回送は無いと思われますが、仮にあった場合の回送時期などの問い合わせも重ねてご遠慮下さい。

【おまけ】道中何枚か。


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△北総線は京成成田空港線でもある。なのでスカイライナー(AE形)が通過することも(以下、特記無い場合は松飛台)。
なお、北総線内(高砂~印旛日本医大)は最高130km/hまでしか速度が出せない。

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△スカイライナーのみならず、「アクセス特急」も走る。
京成車(左)だけではない。京急車(右)も運用に就く。押上から京急羽田空港方面は士快特となる(運用によっては快特や特急、士急行になる場合も)。

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△自社北総の車両だって勿論走る。
(左写真右手、右写真は京成からの借り物リース車7808編成である)


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△9100形(C-Flyer)。この車両も千葉ニュータウン鉄道の車両である。
3月21日からは9100形、9200形、そして京成からの借り物新鋭9800形の3形式という陣営になる。

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△新鎌ヶ谷からは野田線へ。希少な幕車と遭遇(船橋→新船橋)。

2017年3月18日 (土)

来年春、東急田園都市線に「2020系」登場!?

昨日、東急電鉄から田園都市線向け新造車

「2020系」
のプレスリリースが発表されました。

現存する現有形式(主に8500系)をリプレースするための新造車となる模様です。

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△2020系の投入により、現在主力の一つである8500系(と8590系)は確実に全車置き換えられることだろう。
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△まだ可能性は何とも云えないが、2000系も置き換えられる可能性が浮上しつつある。

プレスリリースによると、
①導入は来年春頃。勿論全車J-TREC製。
②最初に10両編成3編成、計30両が投入される予定。
(以降順次増備の予定)
③「ナノイー」技術の空気清浄機、JR東のE235系でも採用されたデジタルサイネージによる電子広告の採用。
④座席はハイバックシート。全車フリースペース設置。車内に防犯カメラも設置
⑤プレスリリースのイメージイラスト(車内外)を見る限り、東急で本格的に「sustina」車体を投入。
⑥車両デザインは「丹青社」が担当し、エクステリアは、コンセプトカラーに「INCUBATION WHITE」(美しい時代に孵化していく色)を採用。
⑦低騒音化した制御装置を採用し、8500系と比較して約10dB低減。
⑧灯具類をすべてLEDにし、消費電力は8500系と比較して約半分に抑える。
…等となっています。

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△車体形状はプレスリリースのイメージイラストから察して、「sustina」になる可能性が高い。
東急では東横線5176Fに導入された5576(写真)が「sustina」のプロトタイプであり、それをフィードバックして2020系に受け継ぐ形となりそうだ。

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△車内の座席は、現在5000系の6ドア置き換え用サハや、5050系4110F、5177Fでも採用された「ハイバックシート」となるようだ。ただ、プレスリリースでは頭部に当たる部分が無くなっているので、これは付けない形になりそうだ。

【追記】プレスリリースをそのまま使うわけにはいかないので、2020系を描いてみました
(低クオリティマジサーセン)

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△前面のイメージ。行き先は東急公式のイメージ動画から、種別と行き先が英字併記だったのでそれに合わせてみた。
なお、各停は東急田園都市線の伝統なのか非表示になると思われる。

Tkk2020
△側面。プレスリリースで見る限り、ホームドア設置を見据えてか非常にシンプルなものとなっている。
側面行き先表示は現行の5000系と同じものになると思われる(種別・行き先ともフルカラー)。
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東急創業100周年、そして昨年開業50周年を迎えた田園都市線に吹く新しい風「2020系」。
果たしてどんな出で立ちで登場しますやら…

※東急2020系の投入時期は来年春の予定ですが、落成時期などJ-TRECや東急電鉄などの現業企業への問い合わせはご遠慮下さい。
※イメージイラストなどは、東急電鉄プレスリリースの記事をご参照下さい。

ひとまず、これだけは云っておきます。

東急田園都市線の8500系、8590系、そして2000系。
現在6ドア→4ドア車絶賛置き換え中の5000系もそうですが、記録はお早めに


E233系8500番台、営業開始!

プレスリリースの通り、3月15日からE233系8500番台(N36編成)が営業開始となりました。

これにより、南武線(川崎~立川)は、E233系に統一されました。
(以下、写真はすべて3月15日撮影)

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△予定通り3月15日から営業開始したE233系N36(久地→宿河原)。
営業初日は13F運用に就き、終日南武線を走った。

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△後述するが、既存の35編成との大きな違いとして、運番表示の位置が違うことだ。
既存編成では助士側窓下に運番が来てたが、N36は前面中央左側となる。

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△種別、路線名とも英字併記となっている(写真右は既存編成)。

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△一方、各停の場合は路線名表示の際に種別が英字表記となる。

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△既存番台との比較(登戸)。
青670時代も立川で(番線違えど)顔を合わせてた者同士だが、帯色が変わって同じように見えても細部で色々と相違点がわかる。

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△クハE232-8528側から(川崎)。電連が一番目立つ。
また、正面下部のホーム検知装置の切り欠きが無いのも特徴だ。

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△1000番台と共に。
京浜東北線ではクハE232が1号車だが、南武線では6号車(クハE233が1号車)となる。
0番台は東京方がクハE233となるため、N36は実質方向が変わっていることになる。

【車内】
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△N36車内(クハE233-8570)。
立川でクハE233-0の車内を撮ったわけではないが、このアングルだとそう見えてもおかしくない。

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△既存編成との比較(左写真は8000番台営業開始直後に撮ったものなので、205系が居るのはそれが理由)
まんま0番台の座席モケットが、交換されることなく使用されている。

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△車内の形式表記と、交換されたLCDを並べて撮ってみた。
こうやって撮ればN36だということがおわかりいただけるだろう。

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△ドア周り。8000番台にはないドアボタンが右横に付く。
使用されることは先ず無いと思うが、冬場緩急接続時に威力を発揮しそうだが、果たして使われることはあるのか否か。
ドア上のLCDは8000番台と同等品に交換された。

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△8000番台との相違点としてもう一つ、6号車にはフリースペースが存在しない点だ。
クハE232-8528、元はクハE232-528であり、この車両にはフリースペース設置されていない。

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△両者比較(<8000番台 8500番台>)。
フリースペースが設置されていないため、8500番台はその旨を記す表記が無い。

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209系駆逐置き換え用として登場したE233系N36。
他の35編成と少し違う点が見られますが、南武線の新たな一員として、これからも活躍していくことでしょう。

※E233系N36は、基本的に既存の8000番台と共通で運用に組まれています。
N36の運転予定など、JR東日本(横浜支社、八王子支社)への問い合わせはご遠慮下さい。

【おまけ】
3月9日に川崎~登戸間が開業して90周年を迎えた南武線。
同日からN1編成にHM(と車内に特別な中吊りなど)を掲出して運行中です。

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△南武線90周年のHMが掲出されたN1編成(久地→宿河原。3月11日撮影)。
3月9日には特別列車として川崎→登戸間で運転されたあと、翌10日から通常運用に就いている。

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△HM周りをアップで。
10年前の80周年の時はHMの他に車体ラッピングもあったが、今回はシンプルにHMのみの掲出となった。
前述の通り、南武線90年の歴史が車内中吊りなどに掲出されている。



2017年3月13日 (月)

終焉間際の北総9000形と「KEIKYU LOVE TRAIN 2017」リベンジ

【間もなく終焉、北総9000形】
今日(3月12日)にすべての運用を終えた東京メトロ01系。

その01系と同時期に登場したこの車両も、今年運用を終えようとしています。
(以下、特記無い限り3月11日撮影。)

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△01系と同時期、昭和59年に登場したこの車両も、今年引退の刻を迎える(京急蒲田→梅屋敷)。

北総鉄道…と言うよりも、千葉ニュータウン鉄道9000形
登場当時は「住宅・都市整備公団(以下住都公団)2000形」でした。

昭和59年(1984年)3月の千葉ニュータウン線(小室~千葉ニュータウン中央)開業の際に投入された住都公団2000形。当時は6両編成でした。

以降、平成3年(1991年)の京成高砂~新鎌ヶ谷間開業により京成線、都営浅草線を経て京急への乗り入れも始まり、1994年に京急の2000形と重複することから9000形に改番され、現在に至ります。

9000形は2編成投入されましたが、このうち9008編成は2013年に9200形が投入されたため廃車となり、現在は第2編成(9018編成)のみが残る形になりました。

残る9018編成も、3月20日のさよなら運転イベント(印旛車両基地~矢切~松虫姫印旛日本医大)を以て運転終了となります。

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△京急空港線を往く9018編成(京急蒲田→糀谷)。
朝夕は士急行、日中は快特として、千葉ニュータウン~羽田空港アクセスに従事する。
京急2000形と形式が被る理由から、前述の通り1994年に現在の9000形となった。

後継は9200形の増備ではなく、京成3700形のリースでまかなう模様です。
Twitter見たままですが、現在宗吾基地で京成3738編成が帯を北総9200形と同じカラーリングに変更されており、形式も98089801改番されているようです(ただ、形式は9300形になるのか9800形になるのかは判らない。現に北総にも、7300形に7800番台が存在している)。
(それを見越したのか、今年度に3000形8連2編成が増投入されており、内1本は3600形1編成を置き換えた。)

※北総9000形の運行について、北総鉄道、乗り入れ各社(京成電鉄、東京都交通局、京急電鉄)への問い合わせはご遠慮下さい。
(北総9000形は、主に1号線系統(都営浅草線・京成押上線を軸に、印旛日本医大~羽田空港もしくは西馬込)で運行されています。)

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【KEIKYU LOVE TRAIN 2017 リベンジ】
間もなくラッピング終了となる「KEIKYU LOVE TRAIN 2017」
リベンジがてら乗り撮りしてきました。

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△下りで一度、浦賀行として遭遇した場合、都内で再会しようと思うと軽く2時間近く待つ必要のあるのが普通列車の宿命。
普通列車専用の800形823編成による「KEIKYU LOVE TRAIN 2017」(京急蒲田→梅屋敷」。

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△823-1方から(左:梅屋敷→大森町、右:京急鶴見→花月園前)。

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△快特待避中(生麦)。
600形や2100形(ブルスカを除く)、N1000形(黄色奴を除く)が通過すると同配色同士の行き違いとなる。

(車内撮り逃しいくつか)

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△窓ガラスにはハート形の着席区分が貼られている。
(真ん中には「6人で仲良く座ろう」との記述)

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△各車両1カ所だけ存在するハート形のつり革。
その奥にあるピンクのステッカーは…

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△「あなたの幸せを願うきゅん
ハートを持ったけいきゅん®が描かれたステッカー。実はこのステッカーは1両だけに貼られている。

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△携帯マナーのステッカーのうち、チョコを持ったけいきゅん®仕様になったものが各車両に1カ所貼られている。

「KEIKYU LOVE TRAIN 2017」は3月14日までの運行です。
(チャンスはあと1~2日!?当たるとラッキー?)

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△リバイバル塗装自体は当面続くが、「KEIKYU LOVE TRAIN 2017」としてはあと2日となった823編成(仲木戸)。
普通のみではあるが、この機会をお見逃し無く!

※「KEIKYU LOVE TRAIN 2017」(京急823編成)の運転予定など、京急電鉄への問い合わせはご遠慮下さい(800形は普通のみ、主に品川~浦賀間で運転しています)。


【おまけ】
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△3月8日から営業開始した1185編成(左:京急川崎 右:京急鶴見)。
先に登場した1177編成同様、線内完結型(特急・快特・士急行)の運用に就いている。
形式が1192まで来ているが…これ来年度8Vの投入が決まったら1193編成の品川方は1200になる…はず。


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△1185編成の投入により、引き替えに2000形2041編成が運用離脱、廃車となった(生麦→花月園前※3月4日撮影)。
残る2000形は3本(2011、2051、2061編成)となり、これらも来年度以降、N1000形の投入次第では来年~再来年までには形式消滅しそうだ。




2017年3月12日 (日)

東京メトロ01系、運転終了。

営業運転が終了した東京メトロ01系。

本当に最後の運転となるラストランが今日(3月12日)、上野検車区→(銀座線~丸ノ内線~同方南町支線 中野富士見町経由)→中野車両基地で運転されました。

事前応募で当選された100名が上野検車区から乗車し、普段体験できないルートを辿って中野基地へ向かうものでした。


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△1000系3本と共に最後の刻を憩う01系30F(上野検車区※敷地外から撮影)。
全38本在していた01系も、この30Fが最後となった。

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△偶然なのか、隣の1000系も30Fである。
01系の行き先は「01|銀座」表示で待機。

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△発車前に運番と行き先幕が回り始め、最終的に「69|回送」となった。
HM等の装飾は特にされていない

10時過ぎに01系30Fは上野検車区6番線を出庫。
中野基地への帰らぬ旅に発ちました。

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△1991年に落成し、配置からおよそ26年もの間住み慣れた我が家(上野検車区)から離れる01系30F。

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△構内職員と乗務員が入れ替わり、出発準備が整う。

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△そして門扉が開き、01系は銀座線へ。
第三軌条式では珍しい踏切を往く様もこれが最後となった。

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△ゆっくりと銀座線方面へと01系が入っていく。
二度と戻ることはない。中野基地への最期の旅が始まった。

01系30Fは銀座線(上野→赤坂見附)最後の走行を果たし、赤坂見附からは丸ノ内線へ転線。
ほぼノンストップで一路中野基地へ向かいました。

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△赤坂見附から丸ノ内線に入った01系30F(中野坂上)。
中野工での定期検査時に必ず通った丸ノ内線(赤坂見附~中野坂上~中野富士見町)。それも今回が最後。今回は定期検査ではなく、廃車のためである。

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△中野坂上では転線(丸ノ内線方南町支線へ)のため一旦停車。

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△待つことしばし、01系30Fは中野富士見町方面へ発車した。
沿線では多くのファンが01系最後の勇姿を見送った。

そして01系30Fは中野基地に到着となりました。

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△終点である中野基地に到着した01系30F(以下、中野基地撮影分は敷地外で撮影)
この後の撮影会(ラストラン参加者限定)のため準備が進む。

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△01系30F全貌。
銀座線新時代の象徴とも云えるこのデザイン。第1編成の登場から34年近く、この01系から半蔵門線に投入された08系まで、南北線と副都心線を除く各線に投入された、「0」と頭に名が付いた「0シリーズ」の先駆けとなった。

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△01-130。中野基地着後、行き先が「虎ノ門」、運番は01系になぞらえてか「01」になった。
(このあと撮影会が行われたが、その際にローレル賞受賞時のHMが掲出されたとか。)

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△中野基地69番には、01系先行(01F)が1000系(06F※中野工入場中)と肩を並べる。
01Fは6両から3両に短縮され、動態保存されている(傍らで車両教育実習車として使用されている)。

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01系30Fの除籍をもって、01系は全廃。
銀座線はすべて1000系(特別仕様の2編成を含め40編成)での運用となります。
同時に、首都圏の第三軌条方式の地下鉄(※注)はすべてVVVF制御車に統一されることとなります。

銀座線の新世代を担ってきた01系は、新たな世代-1000系へと受け継がれることとなりました。
先行車の営業開始から今日まで、実に33年と3ヶ月12日、長らくお疲れ様でした。

※01系30Fの今後の進退について、東京メトロなどの現業企業への問い合わせはご遠慮下さい。

【おまけ】
移動中、丸ノ内線での出来事。

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△02系では、ドア上に「パッとビジョン」を搭載した編成が5次車以降で登場しているが…左のドア広告空気嫁(トレインビジョンじゃないんですけどね…)wwwww

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※注:東京メトロ銀座線・丸ノ内線と、横浜市営ブルーラインを指す。
銀座線は今回の01系→1000系への置き換え、丸ノ内線は02系初期車のB修で制御装置の更新を行っている。横浜市営は3000形シリーズへの置き換えで、全車VVVF車に統一となった。

全国規模となると、札幌市(南北線)、名古屋市(東山線、名城線、名港線)も全車VVVF車であるが、大阪市営地下鉄は御堂筋線で10系(チョッパ車)が残存しているので、10系が31系へ置き換えられた際に、全国の第三軌条方式の地下鉄でVVVF車統一が達成となる。

なお余談だが、東京メトロ全体では引き続きチョッパ車(03系)や、ほぼ除籍扱いではあるが6000系のハイフン(抵抗制御)が残っているので、自社線のみ(乗り入れ先でチョッパ車が残存している。特に東急田園都市線の85*0系とか…)で100%とはまだ云えない。

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